教育の境界研究会の北爪道夫といいます。
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大阪府で高校の教員を33年間して2007年に定年退職しました。
在職中にはできなかったことをいろいろ考えたり、やったりしたいと考えています。
自己紹介にかえて
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研究会と団塊ジェネレーショ...
〈リンク〉
deschoolmanブログ
スユ+ノモを訪問したとき通訳でお世話になったオ・ハナさんのインタビューがユーチューブに載っていました。
教育の境界研究会の新HP
教育の境界研究会の旧HP
教育の境界研究会のHP...
スユノモの思想運動について
------「共同体」ではなく
(1)植民地近代の記憶
9月例会でスユノモについて若干の報告をしましたが、不十分な点やいい足りなかった点がかなりありました。とりわけ、スユノモという思想運動をどのように見るかという問題は大きすぎてなかな...
November 24, 2009 by
수원 일기
「スユノモのメンバーは議論をしていなかった」と言う印象を受けました。あちこちで勉強をしたり、談笑をしたりしていましたが激論を交わしたり論争をしたりしているような雰囲気は感じられませんでした。
スユノモにいた期間はごくわずかであるし、いわば客人ですから、○○ということはスユノモにはなか...
November 9, 2009 by
수원 일기
九老にあるスユノモの「分室」では高校生や中学生たちが講師の「史記」の授業を熱心に受けていました。参加体験型の授業でもなければ、ゼミ形式の授業でもない、ときどき学生たちにテキストを読んでもらい、講師が話す、いわば伝統的な「授業」でした。そこで私たちはシ・ソンさんという若いスタッフからこんな話...
November 9, 2009 by
수원 일기
Google Book Searchプロジェクトというのをご存知でしょうか。図書館の本をデジタル化して世界中の本をネットで読めるようにしようというものです。もちろん世界中の出版業界から著作権侵害の声が上がっていました。
http://current.ndl.go.jp/node/40...
November 9, 2009 by
수원 일기
5 学校知の構造
上原専禄でなくてもよいし、1955年という時点における教育の言語として限定する必要もない。戦後教育の一つの普遍的認識として、上原の言葉を位置づけることができよう。
日本の教師は現実の政治の問題、社会の問題ととりくみ、権力とたたかわなければならない。そ...
November 6, 2009 by
수원 일기
4 戦後民主教育の空間
戦後の教育改革に立ちあってきた人たちの中には、戦後の教育改革を国家主義教育から「民主」「人権」「平和」の教育へという整理ではくくれないものを感じてきた人もいただろう。たとえば「教育基本法」の審議過程のなかで、佐々木惣一貴族院議員は、教育というものが如何なる目的...
November 4, 2009 by
수원 일기
3 生活世界の〈教育〉化への意志
たとえば「教育勅語」に、”臣民”の生活全体を〈教育〉化する意志がうかがえるだろうか。戦前の国語教科書に載せられた、さまざまな軍国主義的〈美談〉に、人々の生活の隅々を組織しようとする意識があったのだろうか。勅語の世界に臣民を引き入れること。〈美談...
November 3, 2009 by
수원 일기
2 〈教育〉という制度
教えるということに不動の確信を持ち、重大な責任を負ってゆこうとした教師の代表的一人に、林竹二がいた。彼の高名な授業「人間について」の記録を読んでいると、そこに明確な教育論が展開されているのがわかる。
林竹二は、この授業のはじめに生徒に問いかけている。「カエ...
November 1, 2009 by
수원 일기
戦後民主教育その可能性と不可能性
1987年
北爪道夫
-----未来は、絶対的危険という形でしか先取りされ得ない。それは、構成された正常性とは絶対的に縁を切るものであって、それゆえ、一種の畸型としてしか自身を予告し、現前させることができない。
J・デリダ
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November 1, 2009 by
수원 일기
「北摂解放教育研究会」の方向転換への提言
1988.5 『教育解放通信』第1号
北爪道夫
1 霧のなかの原点<解放教育>
教師という衣装や、解放教育という帽子やらを取って、ひらたく、生の人間になって、つらつら己のかゆさの所在を考えてみる。どこが痛んでいるのか...
October 31, 2009 by
수원 일기
(5)丑松の教室 2008-08-07
1 学校批判小説としての『破戒』
[泰明小学校.jpg]
島崎藤村は1906(明治39)年『破戒』を自費出版します。藤村34歳のときです。28歳の時に小諸義塾の教師と
なった藤村は、北国の人びとの生活をつぶさに観察し始めます。後に...
October 28, 2009 by
수원 일기
(4)消える教室 2008-06-19
日露戦争のさなか、「遼陽の占領」の「万歳! 日本帝国万歳」の提灯行列の声を聞きながら、林清三(『田舎教師』の主人公の小学校教師)は肺病で死んでいきますが、物語は、彼の教え子で師範学校に行って教員になった女性が彼の墓の前で泣いているというと...
October 27, 2009 by
수원 일기
『むくげ』1986年3月〜6月
北爪道夫
1 起点
解放教育とは何であったか、と正当にも自問しはじめたとき、本当は"総括"といった言葉からはみだす希求が根ざしているのかもしれない。たとえば、組合運動のなかでいうところの総括が、それまで展開してきた運動の...
October 26, 2009 by
수원 일기
(3)〈地〉化する〈学校〉 2008-06-17
何十年も小説を読まなくなっていた「特性」を「生かして」、昔の小説と、最近の小説を交互に読んでいます。たぶん何万分の1くらいしか読んでいないので、印象と独断の仮説の連続になるだろうと思いますが、今時の小説になれてしまう前にメモしておくこ...
October 26, 2009 by
수원 일기
(2)モノが薄れる 2008-06-13
本を読むということは、「モデル作者」と「語り手」と「モデル読者」が互いに相手を作り上げることなのだ、とウンベルト・エーコは言っています。たとえば「私」という語り手が、語りはじめたとして、読者は、その物語の成り行きを傍観しているのではなく、「私...
October 25, 2009 by
수원 일기
(1)地名が薄れる 2008-06-06
おびただしい数の文学作品の中で、学校や生徒や教室、教員はどのように描かれてきただろうか。小説などで描かれた〈学校〉像をつなげていけば、描かれた学校史というか、イメージの中の学校史ができるのではないか。これは伝統的な教育史による学校史とどのよう...
October 24, 2009 by
수원 일기
『ああ玉杯に花うけて』2007-10-31
1920年代は大衆小説の興隆期であり、とりわけ20年代後半は少年小説の黄金時代だったと、池田浩士氏が指摘されています(『大衆小説の世界と反世界』1983 現代書館)。佐藤紅緑の『ああ玉杯に花うけて』は「少年倶楽部」の1927(昭和2)年5月...
October 24, 2009 by
수원 일기
全共闘運動のなかで丸山真男が批判されているとき、私は在籍している大学でも盛り上がっている全共闘運動を常に丸山の著書を手がかりに理解しようとしていた、ということは前にちょっと触れました。鎌倉仏教の周辺を勉強していたのですが、思想史研究でしたので丸山の『日本政治思想史研究』からはいって丸山の『現...
October 23, 2009 by
수원 일기