5 学校知の構造
上原専禄でなくてもよいし、1955年という時点における教育の言語として限定する必要もない。戦後教育の一つの普遍的認識として、上原の言葉を位置づけることができよう。
日本の教師は現実の政治の問題、社会の問題ととりくみ、権力とたたかわなければならない。そ...
November 6, 2009 by
수원 일기
4 戦後民主教育の空間
戦後の教育改革に立ちあってきた人たちの中には、戦後の教育改革を国家主義教育から「民主」「人権」「平和」の教育へという整理ではくくれないものを感じてきた人もいただろう。たとえば「教育基本法」の審議過程のなかで、佐々木惣一貴族院議員は、教育というものが如何なる目的...
November 4, 2009 by
수원 일기
3 生活世界の〈教育〉化への意志
たとえば「教育勅語」に、”臣民”の生活全体を〈教育〉化する意志がうかがえるだろうか。戦前の国語教科書に載せられた、さまざまな軍国主義的〈美談〉に、人々の生活の隅々を組織しようとする意識があったのだろうか。勅語の世界に臣民を引き入れること。〈美談...
November 3, 2009 by
수원 일기
2 〈教育〉という制度
教えるということに不動の確信を持ち、重大な責任を負ってゆこうとした教師の代表的一人に、林竹二がいた。彼の高名な授業「人間について」の記録を読んでいると、そこに明確な教育論が展開されているのがわかる。
林竹二は、この授業のはじめに生徒に問いかけている。「カエ...
November 1, 2009 by
수원 일기
戦後民主教育その可能性と不可能性
1987年
北爪道夫
-----未来は、絶対的危険という形でしか先取りされ得ない。それは、構成された正常性とは絶対的に縁を切るものであって、それゆえ、一種の畸型としてしか自身を予告し、現前させることができない。
J・デリダ
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November 1, 2009 by
수원 일기
「北摂解放教育研究会」の方向転換への提言
1988.5 『教育解放通信』第1号
北爪道夫
1 霧のなかの原点<解放教育>
教師という衣装や、解放教育という帽子やらを取って、ひらたく、生の人間になって、つらつら己のかゆさの所在を考えてみる。どこが痛んでいるのか...
October 31, 2009 by
수원 일기