Tags

関連資料(2)過ぎし夏の未来は

2009年 9月例会報告

過ぎし夏の未来は

北爪道夫

1 「保留」と「注釈」

 2009年の3月にスユノモを訪問したときの議論のなかで、私たちの報告を受けて高秉權氏が端的に質問されていました。

質問があるんですが、皆さんは基本的にはですね、学校に関心があるんだということなんですけども、それは、先生ですからそうなのかもしれないですけども、私が思うには、前近代から近代に移る過程で、学校という空間、建物ができて、また、それは制度でもあるんですけども、そういう学校という制度、空間というものが学びというものが、学校以外の場では創造できないようにしている。また、学校の中であれば、何であれ、それは学びであるという錯覚を生んでいる。そういう空間であり、制度だという考えを持っているんですけども、先生方は、先ほどの言葉の中に現場からは引退されたというお話があったわけですけれども、活動を続けていくにあたり、学校のものではない学びの場を構想していらっしゃるのか、それともこういう問題があるにもかかわらず、それでもやはり学校を中心として何かをしようとされているのか。また、学校がそれでも中心でなければならないというのであれば、それは何故なのかということについてお聞かせ頂ければと思います。


 よく知った場所で仲良しのお友達と議論するのは、話がよくわかり通じ合えるように感じますから、議論が盛り上がるとお互いに有意義であったというふうに思いがちです。

 知らない場所で、初対面の人たちと議論をするのは緊張もし、言いたいことが言えなかったりとか、ちゃんと話が通じたかどうかもどかしいとか、儀礼的なお話でおしまい、というふうになりがちです。スユノモでは、通訳を介してであったのに、私たちの課題の中心にスッと入り込んでくる質問がのっけから出てきたので、さすがだな〜と感心しました。

 高秉權氏のこの質問に私たちの研究会は正面から答えられていないと思います。また、こうした質問が、研究会のなかで率直に、まじめに議論されてきたのかどうか私は疑問に思っています。研究会が北摂解放教育研究会から教育解放研究会に変わったときには、こうした疑問は私たちの中心に座り続けていたと思います。

 脱学校論はいつでも、教師の実践主義の信念のなかで門前払いをされてきたわけですが、私たちの研究会では「まじめに」議論してきたと私は考えています。これを話題にするときに、いつも「保留」や「注釈」をつけないと話にならないのが教師の世界ですが、私たちの研究会ではそれが不要であったと思ってきました。脱学校論は、いま目の前で教員として具体的に「実践」していることが無意味だとか、無効だとかを主張しているのではなくて、社会科学的・理論的な問題として考えているわけです。革命家だって資本主義社会で飯を食っているわけで、革命の考察や実践の中でも資本主義社会のなかで生きているわけです。ブルジョワ社会の人間関係をも生きているわけです。ところが奇妙なことに教育論を議論する教員や教育学者たちは、「実践」と「理論」をいつでも引っ付けて矛盾がないように議論してしまいます。ですから、こういうような「保留」や「注釈」をわたしたちはその都度しゃべらなければならないわけです。

 そうして「保留」や「注釈」が不要なのが私たちの研究会だと考えてきましたが、みんさんはどうなのでしょうか、少々疑問にはなっています。

 まあ、念のためにスユノモ訪問を反射鏡として私たちの研究会を再考しようと思っているのですが、念のためにに「保留」とか「注釈」を入れておくことにします。


 スユノモの理論的な中心が「脱近代」であることは『歩きながら問う』を読めば明白ですので、スユノモは例のポストモダン思想の影響下にあるのだとレッテルを貼ってしまうと、おおきく間違いましょう。日本では「近代」という時代はすでにおわって「脱近代」(ポストモダン)の時代に入っているのだ、だから近代建築の機能主義ではなくポストモダンの建築がはやる、といったふうに、ポストモダン思想は現状肯定からバラの未来へと続く思想として歪曲され消費されていきました。新自由主義者が脱学校論を「学んで」学校民営化をいうのはその流れです。

 韓国の「脱近代」にもそうした流れはありますが、新左派と言われる一群の人たちは、マルクス主義者であり、社会主義の崩壊以降、彼らはフーコーやドゥルーズを学び、ネグリの影響をうけながら、世界資本主義に包摂されている「近代」を如何に否定し、超えるのかという革命の課題を継承した人たちです。

 スユノモの理論的支柱の一人李珍景氏は、スユノモの共同体的ありようや東西の古典をそこで学んでいることに関して「注釈」をしていました。


そこでちょっと区別しなければいけない部分というのは、何か回帰すべき伝統社会を想定してそういうことをやっているのかではなくて、非近代的なものであれば、古今東西を問わず参照していって、そこでは、帰る、回帰するという発想はないです。私たちが気をつけていることなんですけれども、前近代の伝統社会というのは、よく言えば、お互いに知っている親しい人たちとの関係で成り立っているわけで、そこには、内部性というものがあり、また、異質なものに対して排他的な面がある。そういうものが、共同体主義、コミュニタリアニズムというものがあるのではないかと思うのですが、そのような排外性ではなく、私たちは、人と共に変容していくというものを原理にしているわけで、そこで、コミューンといことばを使おうとしているわけです。そういう意味での共同体に対する警戒というものは持っているわけです。


 ここで李珍景氏が「注釈」をしているのは、韓国での思想動向とも関連します。民主化を達成して20年以上たったころから、開発独裁を主導した朴正熙を評価する「朴正熙シンドローム」といった動向がめだったり、懐古趣味的に昔の「共同体」を再評価する論者が出てきたりしています。そうした「共同体志向」とコンミューン主義を同じようにとらえる傾向にたいして注釈を加えているわけです。日本も「近代(資本主義)」の「歪み」の修正役として「地域(共同体)」にお出まし願うという動向が広がっていますが、それとよく似ています。もっとも、韓国では「地域」という概念は希薄です。地縁的であるよりは、人と人がつながる「共同性」が中心です。この点については下記をご参照ください。

http://nanbook.com/users/deschoolman/weblog/e8658/

 伝統的な社会を私たちが参照しようとするときに、私たちが陥りがちなのは、過去の歴史事実をプラスの「価値」として現代を批判するというやり方です。昔はこれこれこうだったではないか、しかるに現在の惨状は云々、という論法です。これは単純に懐古趣味なのではなく、歴史主義的志向のしからしめるところです。右であれ左であれ、「発掘」した「歴史的事実」を「証拠」にして自分の議論を「正当化」するやりかたです。正当化しないまでも、「事実」を提示してそれで、「正しい」ことを言った気になるという習性です。もちろん、私は歴史事実を軽視したり、あまつさえねつ造する歴史修正主義者を弁護しているのではありません。過去の「事実」の提示のみで、現在を批判した気分になる習慣をいっています。歴史事実だけではなくて、調査結果や統計にも同じことが言えます。現在の自分の視点が空洞なのに、いかにして伝統や過去の価値を位置づけることができるのか。相対主義者はその空洞に伝統や「歴史的事実」をその都度はめ込んで安心立命するのです。右であれ左であれ、彼らの論争は単純です。ある「事実」はそうではなく真実はこうだ、というのにいくらか既成概念をセットすれば論文になるからです。なにも考えていないのです。

 いや、しっかり考えていても「共同体」の幻想にはまってしまうからやっかいです。ネットで読める韓国の評論・文学誌に『創作と批評』というのがあります。白樂晴(ペク・ナクチュン)などの進歩的民族主義者がやている雑誌ですが、ここに環境運動のリーダー格、金鍾哲(キムチョンチョル)が「民主主義、成長論理、農的循環社会」という論文を出しています。(『季刊 創作と批評』 2008年 

http://www.changbi.com/jp/intro.asp?pVOL_ID=139)

 いまや世界資本主義批判は常識的にすらなっています。クリントン政権の労働長官だったロバート・B・ライシュでさえ資本主義が民主主義を壊していると主張しているくらいですから(『暴走する資本主義』2008 東洋経済新報社)。ですから金鍾哲のマルクスをも利用しながらの資本主義批判は、新植民地主義批判とも結んで展開されているので、韓国でも過激な方かも知れませんが、立論の根源は前近代の村落共同体なのです。そこからグローバル資本主義や西欧の「近代」を批判するわけです。こんなふうに。


たとえ物資やサービスが足りなくても、その欠乏が災いになるのを防いでくれる互恵的な人間関係の網があるならば、そのような欠乏は却って祝福にもなり得る。少なくとも西欧的近代資本主義文明の侵略と支配を受ける以前の殆どすべての土着社会における非近代的な生は、このようは互恵的な共同性に基づいていた。相互扶助の網の目が確立されているそのような共同体的土台の上で、人々は交わって共に働き、共に楽しみながら自立•自治の生を営むことができたのである。これがガンジーが繰り返して擁護した「村自治」(village swaraj)の伝統であり、韓国の農村共同体で、国家の抑圧のもとでも長い間綿々と続いてきた「トゥレ」の伝統である。歴史的にそのような自治の共同体こそ、真正の民主主義が実現され得る実質的な土壌となってきたことも大変興味深い事実である。


 李珍景氏の「注釈」はスユノモのコンミューンというのは、こういうのとは違うのだ、といっているわけです。金鍾哲が論拠にする村落共同体とスユノモを同一視して議論展開をしないようにしなければなりません。予想される誤解への注釈というのはけっこう手間がかかります。

 それで、李珍景氏について尹健次氏が『現代韓国の思想』(2000 岩波書店)で紹介されている文章を引くことにします。

彼は1980年代末から90年代韓国の思想史の歩みを典型的に示す知識人のひとりである。86年に『社会構成体論と社会科学方法論』をひっさげて登場した若き李珍景は、原典に戻ってマルクス主義哲学を理解すべきだと主張して、大塚史学に依拠したウェーバー流マルクス理解、あるいは俗流的マルクス主義を批判し、当時の社会構成体論争において決定的な役割を果たした。以後『主体思想批判 1・2』(1987)などをつうじて、彼は学生運動におおきな影響力を及ぼしたが、ソ連・東欧圏崩壊後の90年代に入って、マルクス理論の原典の中心からアルチュセールへと傾き、ついでフーコー、ドゥルーズへとフランス思想の摂取に急速に傾斜した。
 李珍景は労働者階級の解放を夢見ていったんは職業革命家になろうとしたが、社会主義圏崩壊の二年間を獄中で暮らすなかで、社会主義はなぜ瓦解し、資本主義はなぜ生き残っているのかについて根本的な懐疑に陥った。その答えを探すために、彼は近現代哲学の各領域に関心を示し、まもなく社会主義崩壊の根底には近代性の問題があるのではと思索を深めていった。・・・・・李珍景の問題意識は、いわば近代的マルクス主義を超えて、マルクスが切り開いた脱近代的思惟の空間を開いていくことであった。


2 「差異」がみえているか?


 コクヨオフィスシステム(KOS)が提案する「RESONANCE FIELD 2.0」というのをごぞんじでしょうか? オフィスで従業員同士がよい影響を及ぼしあうようなオフィス環境の構築を目指しているということです。このシステムでは同じ席には2時間までしか座れない。会議室使用も2時間まで、しかも椅子のない会議室で立ちながらの会議。これで生産性も上がり、CO2の削減もできるエコオフィスと主張します。「地球温暖化」防止に貢献するオフィス!

http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0807/14/news098.html

 これより先を行っているのが、キヤノン電子のオフィス。会議室から椅子を撤去し、生産部門や管理部門のオフィスには椅子がない。社長室にも椅子がない。皆んな立って事務をしている。机にはゲタを20センチ噛ませて高くしている。こうすることで、会議が早く進んだり、個人の机の上にある書類を共用棚に移して個人の机の上はきれいになる。廊下を歩くのは5メートル3.6秒以内で早く歩かないと警告ブザーがなる。ここの社長『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる』という本を書いているそうです。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20090518/330168/

 パソコンをなくせ、というのは、社員のパソコンの操作ログを調査したら私用メールとかゲームなどの業務外利用がおおいので、それへの警告のようですが、ここでも「エコを意識しろ」と社員をこき使う名目にエコが登場します。豊見山氏の「地球温暖化論、非科学的再考」の射程はおそらく「学校教育批判」までいくと私は期待しています。

http://blogs.itmedia.co.jp/yohei/2009/08/post-23a1.html

 私は以前に、日本IBMが、営業部門の職場から個人用のデスクを廃止したことを紹介し、「職員室の消滅」を予測したことがありましたが、

http://nanbook.com/recent3.php#anchor2-13

 そのまえに、職員室の机から椅子をなくせ、などという管理職が出てくることは請け合いです。会議室から椅子をなくせ、というのはもっと早いかも知れません。立ち事務専用机も遠からず販売されるでしょう。民主党政権になったしね。エコポイントがついたりして。

 さて、研究空間スユ+ノモでのシンプルな掟は「痕跡をのこすな」でした。研究のための机や椅子があるけれども個人所有の机や椅子は存在しない。どこを使ってもいいが、使った後はきれいに片付ける、仮にも本やノートを出したままにするというのは禁止だという。それから、掃除を毎日決まった時間に一斉にやる。このことによって習慣的にある個人が占有するようになる空間ができることを阻止している。食堂での食事でも、食べ残しは禁物。パンの切れ端で使用した皿をきれいに拭き取りそのパンを食べ、食器をきれいに洗う。「痕跡を残すということは単なる無能力を超えて、他人の労働を無償で占有するものである点で一種の搾取だ。言うなれば「代わりにお前が片付けろ!」と命令を下すのも同然である」(『歩きながら問う』高美淑「ノマディズムと知識人共同体のビジョン」)。-----何年も何十年も「パソコン初心者です」と言って、できる人に仕事を押しつけて自分は少しもパソコン上達の努力をしない教員が学校にはたくさんいましたがね。私に言わせれば同罪です。

 キャノン電子とスユノモは「似ている」とつぶやく人がいるかもしれません。「私有物」の排除と「エコ」という点で。生産性についても言えるかもしれません。スユノモの場合は知的生産性ですが。

 スユノモとキヤノン電子を「似ている」などというとスユノモにたいして不当な評価になりますので、別の例を出しておきましょう。

 無料のブログを提供しているIT会社で「はてな」という小さな会社があるのをご存じでしょうか。ここのオフィスも個人用の机椅子はありあせん。朝出勤すると個人用のロッカーからノートパソコンを出して好きなところに座って仕事をします。このフリーアドレス制にはルールがあって「前日と同じ場所に座ってはいけない」というものです。このフリーアドレス制の利点を若い社長は次のように言っています。

フリーアドレスの利点はいろいろありますが、まずコミュニケーションの相手が固定化しない点があげられます。毎日ランダムに周りの人が入れ替わるおかげで、社員同士のコミュニケーションに偏りが少なくなり、「たまたま営業の人と開発の人がとなりに座ったら、結構おもしろい話ができてよかった」みたいなことが生まれます。どこか1箇所にノウハウが偏ったり、社員同士の派閥みたいなものもできにくいという効果がありあす。
 別の効果は、オフィスが美しく保てる点です。仕事が終わると、次の日に座る人のためにその机は空っぽに片付けなくてはなりません。そうすると、毎日会社に来ても机の上に書類の山が残っているといったことはなく、気持ちよく仕事が開始できます。自分の机が固定化すると次第に机の上に書類や名刺、文房具などが溜まっていって、どうしてもごちゃごちゃしてしまいます。これを防ぐことができ、心理的にも良い影響があります。
 毎週月曜日には社員全員で10分間ほど掃除をしていますが、机の上が片付いているので、雑巾で簡単に磨くことができます。このおかげで、ホコリの溜まった机などどこにもありません。些細なことのようですが、美しく気持ちの良い環境を保つことは、新しい発想や楽しい仕事のためには必須の条件のような気がします。〉(『「へんな会社」のつくり方」近藤淳也 翔泳社)

 

 いかがでしょうか。この会社、会議室には椅子がないようですが、床に座ったり、横になったりしてプレゼンなどを見ていたりします。外見はキヤノン電子やコクヨのオフィス構想と似ていますが肝心要なところは違っているようです。共同性と押しつけられた偽共同性のちがいなのでしょうか? こことスユノモのルールが似ていると言ってもスユノモをおとしめることにはならないように感じます。しかし、大きな差異があります。それは後ほど考えることにして、こうした類似点と私たちや学校のありようとの違いを考えるのも無駄なことではないでしょう。

 高校以下の学校では教室での座席はたいてい決まっていましょう。教員も会議室では決まった席はないのに、たいてい隣に座る人、位置は決まってきましょう。教室での席替えが生徒にとって学校生活の浮沈に関わる重大事と感じられるのはなぜでしょう。このような固定座席制にそまった生徒たちが、大学にはいるやいなや、講義室でのフリーアドレスに順応していくのはなぜでしょう。

 「近代化」の昂進は、私物の増加でもありました。商品は個人に私有されることを目指すことで大量生産を可能にします。消費のターゲットになった個人は物を私有しそれに囲まれる生活を近代として感受してきました。ところが、こうした私物の増大は、生産現場の共同作業や同じ教室でおなじ学びをしようとする学校での学習に障害物となって登場してきました。(昨年11月に私がスユノモで報告した『研究空間「スユ+ノモ」と近代学校』参照。このMLで配布したと思います。)

 オフィスの私物も生徒たちが学校に持ち込むゲーム機や携帯、漫画など限りない私物が、仕事上や学習上に必要な「共同物」の位置を引き下げ、私物と「私」の一体感覚は、他者と「私」の共同性を突き崩すまでになってきたのです。こうした「ポストモダン」的状況のなかで、生産性をあげることが至上命令の企業が、座り心地の良い「私の椅子」を剥奪し、私の書類をなくして共通の書類を共同棚に移し、共同物化した書類に歩いて行かせること、そうした「私」の排除にすすみ、「私物を教室に残さないように」と高校でしつけ、大学ではつねに鞄の中に荷物を入れながら移動する遊牧民にすることが要請されてきたのです。

 こうした状況は、これまで「住んできた空間」から人びとを引っこ抜き、私的な物の所有欲をそのまま維持しながらも、生産の現場ではたとえ偽のものであっても「共同」の物、共同の意識を確保しなければならないという要請を表現しています。これが現在において作動している「ポストモダン」状況です。「近代」は脱近代にすでに移行しているという認識はそこからきます。しかし、スユノモの「脱近代」はこうした「近代+脱近代」状況として現れているところの「近代」を否定し超えることです。「研究空間スユ+ノモ」と「ポストモダン的」生産現場の近似性はこうしたところからくると考えています。

 「ポストモダン」批判論者が、資本のポストモダン形態と、資本を超えようとする運動の「脱近代」の運動を同一視して議論してしまうのも、差異に鈍い思想性なのですが、ある意味では無理からぬことでもあります。


 3 研究空間スユ+ノモは「共同体」か?

 ソンミサン学校は市民運動・環境運動のなかから生まれたフリースクールだといい「村長」さんがいたり、生協やカフェや劇場や病院までも運営する共同体だと聞いて、私たちはびっくりしてソンミサン学校を訪ねて行ったのですが、ソウル市のなかにいわば独立した自治村落と学校をイメージしていたのですが、商店街や住宅街、大きな道路をあちこち歩きながら、なかなか見つからないソンミサン学校のイメージはしだいに修正を迫られてきました。日本では「村」とか「共同体」といえば、その大きさはともかく、一定の地域の住人を組織している「地域共同体」をイメージします。山岸会などのイメージです。しかし、ここの村は、都会の真ん中に成立している人と人のネットワークの「名」でした。「共同体」であっても厳密には「地域共同体」ではなかったのでした。これは下記のホームページでソンミサン学校の校長先生がちゃんと、この「村」の村作りについて「新しく家を作って道をつける村作りでなく、村中に世話することとコミュニケーションを作り出す村作りです」と書いていてそれを読んで行ったにもかかわらず、私たちは行政的な村や「地域」的まとまりとしての「共同体」と思いこんでいたのです

http://www.sungmisan.net/index.asp

http://nanbook.com/users/deschoolman/weblog/64c4a/「地域」幻想を超えて.html


 文化や歴史やことばが違う場所で行われていることを理解するのは難しいです。私たちが持っているイメージでどうしても解釈して勝手に想像してしまうからです。それだけではなく、そうした勝手にでっち上げたイメージで価値判断をすぐにしてしまういがちです。韓国では原野を切り開いて高層アパート群をあちこちに作っています。それらのアパート(日本で言えばマンション)群の名称は「○○タウン」とかいろいろ名前がついていますが、「○○○マウル」というのがかなりあります。マウルは韓国語で「村」という意味です。居酒屋さんでも「なんとかマウル」とか書いてあったりします。韓国の特急列車「セマウル号」は新しい村号です。「村」はかつての共同体のなつかしいイメージを持っているので、「村」とは全く反対の大規模開発で作られても「村」なのです。

 スユノモは「知識人共同体」であり「研究空間」なのだと自称してもいます。これを日本(語)のイメージを重ねてうけとると大いに間違ってしまいましょう。だいいち「空間」というふうにはたぶん日本では言わないでしょう。「研究所」とかいって「場所」をさす「所」を使いましょう。「知識人」という言葉も、日本の「知識人」なら自称にはおそらく使いません。事実そうだとしても。研究ばかりか、ご飯を一緒に食べるたり議論をしたりする「共同体」となったらもう拒否反応をとおりこして、怪しげな宗教団体という疑いを持ったりしましょう。スユ+ノモの日本での紹介文にはしばしば、高学歴ワーキング・プアたちが、自分たちで共同生活を始めた、という言い方をしたりしています。そこへもってきて「国家保安法」がある韓国で、その反共法に触れるかもしれない連中が中心にいるとなったら、たぶん親切な日本人なら「あまり近寄らない方がいいですよ」とアドバイスしてくれるでしょう。もうすこし中身を知っている日本人なら、大学を中心とする公教育や既成の「学会」制度の根源的な批判を展開するスユノモを研究しても「業績」にならないばかりか、あなた方の「研究」スタイルそのものを否定しているんですよ。そんなところに深入りしたらいけませんよ、と忠告するでしょう。

 また、別の人はいうでしょう。彼らは公教育を否定している。公教育を否定して私的教育を実践して、公教育の崩壊をますます助長しようとしているのだから、学校の民営化をすすめる新自由主義者たちと同じ流れだ。教育の公共性を守らなければならないことは、いくら公教育が荒廃しているからといっても、やらなければならないのは公教育の再建だ。方向が逆だ。

 『歩きながら問う』を読んだ人は、さらに突っ込んで批判するでしょう。師は友でなければならず、友は師でなければならないなんて「友情の教育学」とか口当たりのいいことを言っているが、これは反教育学の思想ですよ。やさしい事から難しい事へという教材の順次性を否定し、研究の過程の中から次に何に取り組むかを師=友の相互の議論のなかで決めていくなんてカリキュラム思想の否定以外のなにものでもない。高校生や中学生に、ヴィトゲンシュタインがどうのこうの言ったってわかるわけないじゃないか。そりゃ何人か賢い子はわかるかも知れないが、それって英才教育じゃないのか。わからんやつは切り捨て。これって教師のやることじゃないし、学問形成の秩序にも反しますよ。第一、あなたが大学で講義しているなら、これじゃシラバスが書けないでしょう。つまり、やつらは、大学に入り込めないからって、大学教育を誹謗中傷しているんですよ。そうでありながら非常勤講師なんかで日銭を稼いでスユノモに献金しているんだな。寄生しつつ、宿主の滅亡を企てている不埒な集団ですよ。

 まあ、ざっとこんな風な非難が小声でささやかれそうです。もっとも、大声でいうと理論的に詰められて自分が立っているところがヤバくなるので、あくまで「つぶやき」や「心配」程度でしょうが。

こういった低次元の非難にかかわる必要は、私たちの研究会にはないと思いますので、そのままにしておきますが、スユノモの使う言語からすこしゆっくり考えてみましょう。これはよく言われることですが、日本では「理論」が社会や国家の形成に大きな影響を及ぼすなどと言うことはあまり信じてられていないが、韓国は反対に歴史的に「理論」やそれを生産する「知識人」への信頼が強固だ。武力で人を黙らせたり言うことをきかせたりするのは最低で、あくまでも言葉で相手を説得する、そうした知の力に対する信頼がある。これと照応して、肉体労働者にたいする蔑視と、知識労働者にたいする敬意というのが韓国では日本よりも極端だと指摘されたりします。ですから「知識人共同体」と名乗るとき「知識人」ということばに何のてらいもないわけです。むしろ知識人はその知的力を発揮して国家社会に対する責任をちゃんと果たすべきだ、というふうにたぶん韓国の知識人は考えているでしょう。

 スユノモは「共同体」ともいっていますが、正確にはコンミューンだといっています。「共同体」といっても、まえに言ったように、地縁的なつながりという意味は希薄です。

http://nanbook.com/users/deschoolman/weblog/e8658/場所の意識.html

 スユノモのいう「共同体」とは、人と人がつながる「空間」のことです。場所とちがって「空間」はだれかによって根を張られているところではありません。一般的な「共同体」はその内部と外部をわける境界が明確です。「我々(ウリ)」にぞくする人に対する濃すぎる関心・一体感が「共同性」の中心にあり、反対に「他人(ナム)」に対する意識的・無意識的無関心が韓国社会の特徴としてあげられています。そうだとすれば、他者を歓待し、自らのコミューンを「他者たちの共同体」(『コミューン主義宣言』2007)と定義するスユノモという「共同体」は、実は「共同体」ではないのです。外見上は、生活の大部分を共同する生活体なのだから、ウリとナムを峻別する「共同体」のようにみえます。けれども外から来る他者を拒まないどころか、他者を常に受け入れることができるように「研究空間」の重要なルール「痕跡を残すな」があるわけです。「共同体」はメンバーたちがあちこちに根を張っていおり、他者がそこに位置を占めることができない。突然知らない人の家とか会社を訪問したとき「自分は外部の人間だ」とその訪問者に意識させる装置を「共同体」は持っています。たとえば、来客には首から「名札」を下げるよう要請したり、あるいは訪問者は、名乗るだけではなくて「名刺」を渡し自己をその「共同体」から区別するでしょう。こうしたやりとりがある会社、最近では学校もそうですが、実はアソシエーションのふりをしているが、実は「共同体」なのです。スユノモはこうした「共同体」ではありません。韓国社会の強烈な「村」・「共同体」という磁場のなかで、スユノモのコンミューン主義は、実はそうした姿をとっている韓国の近代性を超える「理論」を志向しているのではないでしょうか。

そうだとすると、いままで我々が言ってきた他者とは誰のことなのか。厳密にいうなら「他者」は存在しない。我々にとっては「他者たち」がいるだけだ。「私」と「他者」という対関係は我々にとって存在しない。「2」という数字はコンミューンを考えるのに小さすぎる数字だ。我々にとって「他者」は無数に多くの数、すなわち大衆の形相をとる。
 「他者」にたいして言う「私」自体がすでに多くの数の大衆で描かれている。一人の人間である私はしばしば一人の人間の理想である。普通、それらは地層化されたまま一つの秩序に従う。しかし、どんな独裁者も除去することができない身体の小さな揺れ動きが存在し、とるにたらないきっかけによって地層をかき回す巨大な動きにいつでも生成することができる。
 我々の内に我々の変身をそそのかす言葉をわたす多くの大衆がいる。我々のうちには我々を構成している我々でない「他者たち」がいる。コンミューン主義はこの他者たち、この大衆たちの運動について思考する。「私」だけでなく、この社会、この宇宙を作り上げる大衆たちの流れを思考する。我々は、新しいけれどもしばしば見慣れない群れたち、我々の内にあり外にあるこの群れたちを愛する。生成の瞬間まで閉じているこの異邦人たちを我々は愛する。〉(『コミューン主義宣言』2007 訳は筆者)


 スユノモという小さな研究者の集団は、歴史的には時の政治権力に対峙してもきた「書院」や「書堂」の伝統引き継いでいる研究・教育機関と見ることもできそうです。李氏朝鮮の時代のとりわけ「書院」は地方有力者たちの拠点ともなり、多くの土地と院奴をかかえ、儒生たちは封建政府権力を握る両班とも対立し、取り締まりの対象ともなったといいます。(渡部学『朝鮮教育史』世界教育史大系5 1975)こうした私学教育と知による闘争の伝統があるとしても、スユノモは闘争の「拠点」の共同体を構築し、そこから陣地戦を展開しようとするのではないでしょう。近代そのものを理論で超える、そういう意志が、おおくの「他者」たちに広がっていくこと、そうした知的運動を提起しているのだろうと思います。やはり、射程は研究者の生活団体を作ることでもなければ、制度としての学校教育の代案を構築しようとするのでもないでしょう。現象としてのそうした提起がうかがえるにしても、狙っているのはもっと先なのです。韓国の人たちには忘れられない熱い夏があったのです。その先を構想する運動がスユノモの思想運動でしょう。

 ひるがえって、私たちにも熱い夏があったはずです。遠い記憶になってしまったかも知れませんが、その夏の未来を考え続けていくにはどうしたらいいのでしょうか?



Comments

/groups/1bc26/search/index.rss?sort=modifiedDate&sortDirection=reverse&tag=スユノモの思想運動についてlist/groups/1bc26/search/?sort=modifiedDate&sortDirection=reverse&tag=スユノモの思想運動についてスユノモの思想運動についてCustomTagSidebarCustomTagSidebar?sort=modifiedDate&sortDirection=reverse&tag=スユノモの思想運動について0/groups/1bc26/sidebar/CustomTagSidebarmodifiedDate5CustomTagSidebarreverseスユノモの思想運動についてスユノモの思想運動についてcustom/groups/1bc26/search/index.rss?tag=hotlist/groups/1bc26/search/?tag=hotWhat’s HotHotListHot!?tag=hot0/groups/1bc26/sidebar/HotListNo items tagged with hot.hot/groups/1bc26/search/index.rss?sort=modifiedDate&kind=all&sortDirection=reverse&excludePages=wiki/welcomelist/groups/1bc26/search/?sort=modifiedDate&kind=all&sortDirection=reverse&excludePages=wiki/welcomeRecent ChangesRecentChangesListUpdates?sort=modifiedDate&kind=all&sortDirection=reverse&excludePages=wiki/welcome0/groups/1bc26/sidebar/RecentChangesListmodifiedDateallRecent ChangesRecentChangesListUpdateswiki/welcomeNo recent changes.reverse5search